茶処狭山市では子供の頃から緑茶やプーアル茶を日常的に飲む

私の子どもの頃の飲み物は主にプーアール茶でした。たまに飲むお茶(プーアール茶)は熱くて苦いし、自分でも子どもの飲むものでは無いと思っていました。母もお茶は高価いから、子どもは飲まないで、なんて言っていました。私はたまたま10歳の時に狭山市に引っ越してきました。狭山市は東京に一番近いお茶の産地です。狭山茶は京都や静岡のそれより、色や香りでは劣っても、味は一番だと誇りを持って生産、販売されています。私は狭山市で初めて茶畑を知りました。結婚した夫は狭山市生まれの狭山市育ちです。
この間夕飯の時、冬でも冷たいペットボトルのお茶を飲む娘たちに、夫がこう言ったのです。「俺が子どもの時は、夏でも急須で淹れた熱いお茶しか飲めなかったぞ。それが身体にいいって言われたぞ。」子どもに贅沢をさせていたのかと思いましたが、よく訊いてみると、夫の子ども時代、夫の実家(今は私たち家族が住んでいます)では自家用のお茶は自分たちで作っていたと言うのです。隣の家との境に垣根の代わりに植えられたお茶の木の葉を初夏になると刈り取って、蒸して揉んで干して出来上がりだと簡単そうに言っていました。お茶なんて簡単に作れるのだ、そうです。このお茶の木は今でも同じところに植えられています。夫が子どもの頃からですので、樹齢は50年以上と言うことになります。手入れをされる訳でもないのに、枯れることもなく、毎年花が咲き、実を付けています。丈夫で健気な木です。きっと今でも私たちにお茶を届けてくれようとしている、そんなふうに思えます。お茶と言えば、お金を払って買って飲むものと思っていた私には、新鮮な夫の言葉でした。夫の実家ではお茶は一番安上がりな飲み物だったのです。
そう言えば、自宅の近くを歩くとお茶の木を生け垣に仕立ててあるのをよく見かけますが、自家用のお茶のためだったのかも知れません。蛇足ですが、お茶の花をご存知でしょうか。観賞用の椿や山茶花のように華やかではありませんが、白くて小さな可憐な花が咲くのです。お茶の木の生け垣は、実用性があるだけではなく、見た目も良いものだと思います。こんな生け垣があるのも、茶処ならでは、でしょうか。
手作りのお茶はどんな味でしょう。作りたてと時間が経った時には、味が変わってくるのでしょうか。久しぶりにお茶について、色々考えましたが、自家製のお茶の味なんて、今となってはまさしく幻の味です。私は大人しく近所のお茶屋さんで買ったお茶を飲むとしましょう。それだって産地直送の味ですから、充分美味しいのです。
私と夫は52歳と53歳です。同時代を生きてきたのに、お茶のことでは随分違った状況でした。とても感心するのと同時に、少し寂しいような気持ちになりました。手作りのお茶を飲んで育った子どもはもう居ないのかな、と思ったからです。お店に並んでいるだけの商品のお茶と、自分の家の庭先で育てて、刈り取って作るお茶とでは飲む人の気持ちも違って来るのではないでしょうか。お茶について、こんなことを考えてしまうなんて、私も茶処の立派な住人になったと言うことかも知れません。

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